「行政書士なんて、食えない資格だ」
ネット上の掲示板やSNSを覗けば、そんな心ない言葉が散見されます。
これから行政書士を目指そうとしているあなたは、そんな言葉を目にするたびに、不安に押しつぶされそうになっているかもしれません。
「本当にこの道で合っているのだろうか?」
「勉強した時間は無駄にならないだろうか?」
正直に告白します。私もかつて、その不安に飲み込まれ、そして道を踏み外しました。
私は行政書士として開業した後、焦りと慢心からWeb広告にのめり込み、実に5,000万円もの大金を失いました。
これは、単なる「失敗談」ではありません。
どん底を見て、泥水をすするような思いをしたからこそ見えてきた、行政書士という仕事の「本当の価値」についての記録です。
今、ペンを握り(あるいはキーボードを叩き)、試験勉強に励んでいるあなたへ。
どうか、私の失敗を糧にしてください。そして、行政書士という仕事の可能性を、誰よりも信じてあげてください。
1. 借金と後悔のどん底で、私が「行政書士」という看板を下ろさなかった理由
あの日の通帳の残高を、私は一生忘れることはないでしょう。
数字の羅列が意味する冷酷な現実。「マイナス」という概念が、これほどまでに重く、そして物理的な痛みすら伴って心臓を締め付けるものだとは思いもしませんでした。
開業から数年。私は「Web集客」という魔法の杖に取り憑かれていました。
「広告費さえかければ、客は湯水のように湧いてくる」
そんな甘い囁きを信じ込み、リスティング広告、SNS広告、動画広告と、次から次へと資金を投入しました。最初のうちは、確かに反応がありました。電話が鳴り止まない日もありました。
しかし、それは麻薬のようなものでした。
競合が増えればクリック単価は上がり、獲得コスト(CPA)は跳ね上がります。それでも私は、「もっと投入すれば回収できるはずだ」という、ギャンブラー特有の心理状態に陥っていました。
気がつけば、損失は5,000万円を超えていました。
眠れない夜と、看板の重み
夜、布団に入っても心臓の音がうるさくて眠れません。
天井の木目が、借金の督促状に見えてくるほど精神は追い詰められていました。
「もう、廃業しようか」
何度もそう思いました。行政書士バッジを外し、看板を下ろし、どこか遠くへ逃げてしまえば、このプレッシャーから解放されるのではないか。コンビニで深夜のアルバイトをしてでも、地道に借金を返したほうがマシなのではないか。
しかし、私は看板を下ろせませんでした。
それは、単なる意地やプライドだけではありませんでした。
事務所の壁に掛けてある「行政書士登録証」。それを見上げたとき、ふと、受験生時代の自分が脳裏をよぎったのです。
過去の自分との対話
仕事をしながら、眠い目をこすって六法全書をめくっていたあの日々。
休日の誘いを断り、図書館の自習室に籠もっていた孤独な時間。
合格発表の日、自分の番号を見つけて震える手で親に電話した瞬間。
あの時の私は、金儲けのために行政書士を目指したのではなかったはずです。
「誰かの役に立ちたい」
「法律の力で、困っている人を助けたい」
そんな青臭い、けれど純粋な志を持っていたはずです。
5,000万円を失った今の私は、確かに「経営者」としては失格かもしれません。
しかし、「行政書士」としては、まだ何も成し遂げていないのではないか?
そう自問自答しました。
ここで辞めてしまったら、あの日の必死だった自分を裏切ることになる。
借金の恐怖よりも、過去の自分に対する申し訳なさが勝った瞬間でした。
私は、震える手で再び受話器を握り、目の前の業務に向き合うことを決めたのです。
2. 5,000万円を失って気づいた、行政書士という仕事の「本当の価値」
お金を失って初めて見えてくる景色というものがあります。
それは、皮肉にも私がそれまで軽視していた「アナログな信頼」の世界でした。
広告費が尽き、Webからの新規問い合わせがピタリと止まりました。
静まり返った事務所で、私はこれまでの顧客リストを見返していました。
広告で集めた顧客の多くは、「安さ」や「速さ」だけを求めていました。
少しでも対応が遅れればクレームになり、料金が高いと言われれば他所へ流れていく。
そこには、人間同士の温かい繋がりはありませんでした。
AIには奪えない領域
近年、AI技術の進化により、「行政書士の仕事はなくなる」という噂がまことしやかに囁かれています。
書類作成だけなら、確かにAIの方が正確で速いかもしれません。
しかし、私がどん底で気づいたのは、行政書士の仕事の本質は「書類を作ること」ではない、という真実です。
例えば、建設業許可の申請。
単に要件を満たしているかチェックするだけなら、機械にもできます。
しかし、その建設会社が「なぜ許可を取りたいのか」「将来どうなりたいのか」という社長の熱い想いを汲み取り、時には経営のアドバイスを交えながら、二人三脚で未来図を描くこと。
例えば、遺言書の作成。
法的に有効な文面を作るだけなら、テンプレートで十分です。
しかし、依頼者が家族に対して抱いている複雑な感情、伝えきれない愛情や後悔に耳を傾け、それを「付言事項」という形で想いとして残すお手伝いをすること。
これらは、どれだけAIが進化しても、決して代替できない「感情の領域」だと考えられます。
行政書士の本当の価値とは:
法律知識というツールを使って、クライアントの不安を取り除き、人生やビジネスの「次の一歩」を後押しする、伴走者としての役割。
「先生」と呼ばれる責任と誇り
5,000万円を失う前の私は、顧客を「売上」としか見ていませんでした。
「この案件はいくらになるか」「効率よく回すにはどうすればいいか」。
しかし、全てを失って丸裸になった私に残されたのは、目の前の依頼者一人ひとりに真摯に向き合うことだけでした。
時間をかけて話を聞き、一緒に悩み、解決策を模索する。
そうやって泥臭く仕事をしていると、不思議なことに、依頼者の表情が変わっていくのが分かります。
不安で曇っていた顔が、パッと明るくなる。
「先生に相談してよかった」「これでやっと枕を高くして眠れます」
その言葉を聞いたとき、私は全身に鳥肌が立つほどの喜びを感じました。
5,000万円の売上を上げたときよりも、たった一人の「ありがとう」の方が、何倍も心が満たされたのです。
行政書士という仕事は、人の人生の節目に立ち会う仕事です。
その重みと尊さに気づくために、私は高い授業料を払ったのかもしれません。
3. 廃業の二文字が頭をよぎった夜、私を引き止めたクライアントの言葉
とはいえ、現実は待ってくれません。
毎月の返済日は容赦なくやってきます。
ある月末の夜、資金繰りに行き詰まり、事務所で一人、頭を抱えていました。
「もう限界だ。明日、弁護士に相談して破産手続きをしよう」
そう決意し、机の整理を始めたときのことです。
一本の電話が鳴りました。
時計の針は22時を回っていました。
こんな時間に誰だろう、と不審に思いながら受話器を取ると、聞き覚えのあるしわがれた声が聞こえてきました。
一本の電話が救った命
「先生、遅くにすまないねぇ。〇〇建設の佐藤(仮名)だけど」
それは、私が開業当初、まだWeb広告など一切使わずに、飛び込み営業で知り合った小さな工務店の社長でした。
建設業許可の更新手続きをさせてもらっただけの、細い縁でした。
「先生、実はね、今回大きな公共工事の入札に参加できたんだよ。
あの時、先生が『社長なら絶対できる、許可取って挑戦しましょう』って背中を押してくれたおかげだ。
もしあの時、許可を取っていなかったら、うちは今頃潰れてたかもしれない」
社長の声は、少し震えていました。
「どうしても今日、結果が出たから、一番に先生に伝えたくてね。
本当にありがとう。これからも、うちの顧問として頼むよ」
電話を切った後、私はしばらく動けませんでした。
涙が溢れて止まらなかったのです。
「先生がいなかったら、うちは潰れてた」
自分が廃業しようとしていたその夜に、自分の仕事によって救われたという人からの連絡。
これほど皮肉で、そしてこれほど救いのある出来事が他にあるでしょうか。
私は自分のことしか考えていませんでした。
借金の額、自分のプライド、失敗した恥ずかしさ。
しかし、私の仕事は、確実に誰かの人生を支えていたのです。
「まだ、終われない」
社長の言葉が、消えかけていた心の灯火に、再び油を注いでくれました。
私を必要としてくれる人が一人でもいる限り、この看板を下ろしてはいけない。
そう強く誓った夜でした。
4. 「経営者失格」の烙印を押された私が、再び前を向くまでの全記録
そこからの私は、人が変わったように働きました。
派手なWeb広告は一切やめました。
その代わりに行ったのは、徹底的な「アナログ回帰」です。
V字回復への地道なステップ
私が実践したのは、魔法のような裏技ではありません。
これから行政書士を目指す皆さんにも、ぜひ参考にしていただきたい基本動作です。
- 既存顧客への手紙:
これまでの無礼(事務的な対応)を詫びるわけではありませんが、季節の挨拶や法改正の情報を丁寧に手書きで送りました。「何かあったら思い出してもらう」種まきです。 - 同業者との連携:
プライドを捨てて、先輩行政書士や他士業(税理士、司法書士)の先生方に頭を下げて回りました。「どんな小さな仕事でもやります」と。そこから、意外なほど多くの紹介をいただけるようになりました。 - 地域活動への参加:
商工会議所や地域の集まりに顔を出しました。売り込みはしません。ただ、一人の人間として信頼関係を築くことに専念しました。
これらは、Web広告のように即効性はありません。
しかし、半年、一年と続けるうちに、じわじわと効果が現れ始めました。
「〇〇先生からの紹介で来ました」
「佐藤社長から、いい先生がいると聞いて」
紹介で来るお客様は、最初から私を信頼してくれています。
価格競争にもなりません。
何より、仕事をしていて気持ちがいいのです。
借金はまだ残っています。完済までには長い道のりが必要です。
しかし、今の私の心は、5,000万円を稼いでいた頃よりもずっと穏やかで、そして情熱に満ちています。
これから行政書士を目指すあなたへ
行政書士試験は、決して簡単な試験ではありません。
合格率10%前後の狭き門です。
今、あなたは不安や焦りの中で戦っていることでしょう。
しかし、どうか信じてください。
その苦労の先には、お金には代えられない「やりがい」と「誇り」を持てる仕事が待っています。
私は5,000万円を失いました。
経営者としては大失敗です。笑い者にされるかもしれません。
でも、行政書士としては、ようやくスタートラインに立てた気がしています。
失敗しても、何度でもやり直せます。
資格という「武器」と、誠実という「盾」があれば、私たちはどこまでも行けます。
いつか、合格したあなたと、どこかの現場でお会いできることを楽しみにしています。
その時は、私の失敗談を肴に、一緒に笑い合いましょう。
未来の同業者であるあなたに、心からのエールを送ります。
頑張ってください。待っています。
